自撮りって、どういうこと?【ヤマノススメ二次創作】
最近あおいは、お風呂のことで母からよく怒られるようになった。毎日一時間以上も入っているので、順番待ちが長い、お湯が冷めてしまうと言うのだ。
それもそのはず。あおいは最近、お風呂場に携帯電話を持ち込むようになっていた。雨の日の登山で、ひなたがジップロックに携帯電話を入れていたのを見てひらめいたのだ。最初は暇つぶしのつもりだったけれど、のんびりと湯船に浸かり、携帯電話の小さな画面をせかせかと動かしてインターネットをするのは、一日の楽しみのひとつとなっていた。
それを咎められたとあって、あおいは理不尽に感じていた。そんなに長い間入って何をしているの、とは訊かれていないけれど、時間の問題のような気もする。お風呂に携帯電話を持ち込んでいるだなんて知られたら、たぶん怒られるんだろうな。
「今日は早く上がってきなさいよ。最近いつも遅いんだから」
ついに入る前に釘を刺されて、あおいはむっと来てしまう。
ささやかな復讐として、湯船いっぱいにお湯を張り、飛び込むように入ってわざと溢れさせる。いいじゃん別に。三十分が、一時間に変わっただけじゃん。私の楽しみを奪わないでよ。
あおいはいつものように、湯船に浸かりながら、まとめサイトを見る。
まとめサイトは下世話な記事がけっこう多くて、最初は抵抗があったけれど、だんだん面白いと感じるようになっていた。痴話喧嘩とか、裏事情とか、そういったカテゴリの記事を好んで読んだ。
あおいは、記事を渡り歩いているうちに、アイドルの下着がどうの……という、放送事故系の記事を見つけた。それはこれまで見たことのないジャンルで、あおいは強烈に興味を惹きつけられた。嘘、嘘でしょ、と思いながらサイトを開くと、そこには確かに、楽屋での着替え中に偶然写ってしまったアイドルの、下着姿の写真が掲載されていた。
あおいは息を呑んで記事を眺めた。すごい、インターネットって、こんなのもあるんだ……。
このサイト、すごい。
他にも面白いのはないかと、あおいは記事の一覧を開いた。すると卑猥なワードがあちらこちらに散りばめられており、あおいは面食らった。ここはアダルト記事をまとめたサイトだったのだ。
あおいはうわあ……と思いながらも、その中に、気になるワードを見つけ出す。
「自撮り……写メ?」
自分からそういうのを撮る、っていうこと?
こういうものは、男の人が女の人を食い物にする形でばかり存在するものだと思っていたあおいは驚いた。自分から裸を晒すだなんて、一体どんな発想で……。
そう思いながらも、あおいは興味が湧いてしまう。
……誰にもバレないならいいよね。
決断は早く、あおいは記事を開いた。
そこには、生活感のある裸の写真がたくさん並んでいた。確かに、自分で撮ったように思える。被写体も、いかにもその辺にいる人っぽい。
……でもどうして、こんなことをするんだろう?
記事をスクロールさせていると、その写真ひとつひとつに、たくさんのレスポンスが付いていることに気付いた。
「いいね」「かわいい」「エロい」「もっと見せて」
どうもこの写真を投稿している女の人は、そういった反応が見たくてやっているようだった。
あおいは同性にも見られるのは恥ずかしいのにとても考えられない、と思う。顔が分からないから、ここまでやれているのだろうか。あおいもインターネット上ではつい、態度が大きくなってしまう傾向があったので、少し理解できた。
引き続き記事をスクロールさせる。散らかった部屋、脱衣所の鏡、お風呂場……写真の背景は様々で、あおいは思わず、その主の人となりを想像してしまう。この人の小物はどぎついピンクが多いから、きっと攻撃的な人だ、みたいに。
眺めていると、お風呂で撮ったものが多いなと感じる。自分ひとりだけの、プライベートな空間が約束されるからなのだろう。
……ふとあおいは、以前シャワーの水滴で誤ってカメラを起動させてしまったことを思い出す。
この人は、ここでこうやって、撮ったってこと?
あおいはゴクリ、とつばを飲み込んだ。……撮ってみたら、どうなるんだろう?
心臓が急に、ばくばくと響く。お湯はそんなに熱くないのに、のぼせたみたいになる。
……試しに、試しにだから。
あおいはブラウザを閉じると、カメラアプリを起動した。ジップロック越しなので少しぼやけているけれど、ディスプレイに湯船にたまった緑色のお湯と、自分の脚が写った。
さっき見た記事を思い出す。
今はひざ下しか見えない。もう少し手前で撮ると、同じようなアングルになる。カメラを引くと局部が見えてしまって、あおいは顔をしかめる。すぐにぎりぎりの位置を見つける。なんだか、私の方が白くて細いかも、なんて思ったりする。
……けっこう、いけるかもしれない。
あおいはもうひとつ、つばを飲み込んだ。
そして、震える手で、シャッターボタンをタップした。
カシャリ。
思ったよりも大きな音がして、びくりと肩を震わせる。と同時に、あおいの身体を、なにか熱いものが駆け抜けて行く。
……撮ってしまった。自分の、お風呂に入っている裸の身体を……。
カメラロールを開いて、湯船に浸かった自分の脚の写真を見る。なんだかそれっぽく撮れたな、なんてあおいは思う。
さっきの記事で、こういう写真に、たくさんの人からレスポンスがついていたのを思い出す。
……私が同じように投稿したら、こうやってコメントされるのかな?
「あおい、まだー? 入りたいんだけど」
脱衣所から母の声が掛かった。
声はなんとか抑えたけれど、あおいは飛び上がりそうになった。反射的に携帯電話を、湯船の蓋の裏に隠した。
「もうすぐ!」
半分裏返った声で、あおいは返事をした。開いていたアダルト記事のまとめサイトを閉じ、撮った写真もすべて削除した。一度ではなく、二度確認した。もう二度と、こんな情報にアクセスすることのないように。
魔が差す一歩寸前で踏みとどまれたのは、お母さんのおかげかも、なんてあおいは思う。
……これからは、あんまり長く入るのはやめよう。
あおいはお風呂から上がると、自室でバスタオルに挟んだ携帯電話を取り出し、ジップロックをゴミ箱に捨てた。