ひなたショック (1)【ヤマノススメ二次創作】

 

「でね、お母さんがさあ」
「それはあおいが悪いね」
 ホームルーム前のちょっとした時間。
 いつものようにひなたはあおいの机に寄り掛かり、取り留めもない話をしている。ひなたが身体をシーソーのようにせわしなく上下させるので、ゴム足がひとつ取れたあおいの机はそのたびにがたがたと音を立てる。
 うっとうしいなあ……と思いながらも、いつものことなので、あおいは何も言わない。
「そりゃー、私が悪いんだけどさあ……もっと言い方ってのが」
「あおいじゃないんだから、私には分かんないよ」
 そんなひなたに、ひとりの男子が声をかけてきた。
「倉上さん、おはよー」
 バレー部の島崎だ。
「あ、おはよー!」
 ひなたは彼のほうを向き、右手を上げて元気に挨拶を返す。あおいの机が一際大きく音を立て、あおいは眉をひそめる。
 島崎はちょっと嬉しそうに目を細めている。元々猫目なのと、色素の薄めな髪の毛がふわりと盛り上がっていて、なんだか小動物チックだ。あおいとはあまり交流がないけれど、ひなたと仲が良く、よく教室で話をしている姿がみられる。
 前から仲良しだったけれど、最近とくに距離が近づいている気がする。
――なんなんだろ。
 別に島崎に限らなくて、ひなたはいろんな子と仲良しだし、いろんな男子とも仲良しなんだけど、男子の中でも頭ひとつ抜けているというか、急接近しているのがちょっと気に食わない。
 あおいがそう思っていることもいざ知らず、ひなたは島崎との会話を楽しんでいる。たぶん、テレビのバラエティの話だ。学校でするってことは、携帯で連絡を取ったりしているわけじゃないのかな。
 そう思うと、あおいはちょっと安心する。それにひなたは、二人で居る時、女子と居る時は彼の話を全然しないので、きっと大して意識はしていないのだろう。というか、そうであってほしい。
 島崎は話もそこそこに自分の机へ向かった。ひなたは「あ、ごめんごめん」と、特に悪びれる様子もなく、またあおいとの会話に戻る。
「そうね。ひなたは私じゃないんだから、分かるわけないし」


 ✿


 今日はあおいは登山部に顔を出すと言うので、ひなたはひとりで帰ることになった。のんびりと荷物をまとめて……と言うよりは置いていって、ほとんど空っぽになった鞄を持ち上げる。
「倉上さん」
「あ、島崎。なに?」
 島崎に声を掛けられた。
「あのさ、今ちょっと大丈夫?」
「いいけど。なんかあったっけ?」
 島崎とは、入学した時席が近かったので……以来の、良き友達だ。自然体で、うるさくないけれど爽やかなところがいいなと思う。
「うん。ちょっと話が」
「話?」
 ひなたは不思議に思った。朝は普通だったのに、今はちょっと様子が違う。なんというか、少しぎこちないのだ。
 島崎はここじゃなんだから下で、と言った。なにが難なのだろう。
 昇降口は放課後の下校ラッシュもひと段落して、閑散としていた。日陰はまだ少し冷たくて、ひなたはローファーを履いてさっと外に出る。グラウンドの遠くで、野球部やハンドボール部が集まって準備運動をしているのが見える。
 島崎はひなたに少し遅れて昇降口から出ると、すぐのところで足を止めた。ひなたを認めると、軽く咳払いをして目を泳がせた。まるで、何を話そうとしているのかまったく決まっていないような様子で、ひなたはますます不思議に思う。
「島崎?」
 ひなたが言うと、島崎は一歩、歩み寄って話し始めた。
「倉上さん」
「うん?」
 島崎の様子がおかしい。違うと言うよりは、おかしい。いつもよりしゃんとしている。声もちょっと上ずっている。緊張している? でもどうして? 緊張するような、話だってこと?
 緊張するような、話……。
「あのさ。多分倉上さんは、気付いてないと思うんだけど」
 ひなたは無言で首をこく、と動かす。島崎から気迫めいたものが出ているような気がする。いつもの人畜無害なオーラではない。熱量が高いのだ。
「俺さ。倉上さんのこと」
 これって、もしかして……?
 もしかしてそういうこと?
 ちょっと待って。急すぎる。
 ちょっと。
 いきなりそういうのって。
 私全然気付いてなかったのに!
「好きです」
「……」
「倉上さんが好きです。付き合ってください」
 ぺこり、と頭を下げる。
「……」
 まじか。
 そういうのか。
 どうしよう。
 まじか。
「あ、へぇ〜……。そっか……。そうなんだ」
 ひなたは目をそらして、他人事のような返事を小さくちぎって放り投げた。
 頬のあたりがひくひくする。胸のあたりが、首のあたりがきゅうと締め付けられるような感覚。
 体温が上がっているのが、はっきりと分かる。
 そして、沈黙。
 ど、ど、どうすればいいの……。これって、はいかいいえかで答えないとダメ? でも、そんなの一度も考えたことなかったし。今島崎に言われたその言葉だけで頭がいっぱいなんだけど……。
「あの、返事。すぐじゃなくていいから」
 頑張って島崎の顔をちらりと見ると、明らかに赤くなっていた。色白なのでとても目立つ。そんなひなたも、相当赤い。寒風が吹いているのを感じられないくらいには、上気している。
「うん」
 いつもの威勢のよさなど全くなかった。蚊の鳴くような声で短くそう返事をして、ひなたはそのまま、島崎と目を合わさずに、ゆっくりとその場を後にする。
 校門を出ると、ありったけの力を地面に叩きつけるようにして、走った。
 あおいに見られてなければいいけど、なんて思う余裕もなかった。


「ひなた、ごはんだぞー」
 島崎に告白されてしまった。
 そういう目で見ていたかと言われると、そうではなかった。でも。なんだろう、この。
 どうすればいいのか。嫌だったわけではない。むしろ、嬉しいと感じた。島崎は付き合ってほしい、と言っていた。付き合ってほしい、ってことは、今の関係以上になりたいってことなのかな。私自身、そういう風に考えたことなんてあったっけ。確かに、仲は良かったと思う。今後とも仲良しでいられたらいいなとも思っていた。でもそれが、どのレベルなのかなんて全然考えていなかった。そもそも、今はもう認識をかき回されてしまって、正常な判断ができない気もする。
 付き合うってことは、それなりのことがあるんだよな……とひなたは思う。それなりのこと。あんまり具体的には考えたくないけど、なんとなく分かる。島崎とだなんて、ちょっと想像がつかない。ということは、ダメってこと? いや、想像がつかないのは誰でもそうか。
 何度も同じことを考えている。嫌じゃない。嬉しかった。でもそういう風に考えたことはない。じゃあどうすればいいのか。分からない。でも、嫌じゃなかったし、嬉しかったし。でも……。
 恐ろしいことに、ループを繰り返すうちに、島崎のことをいいな……と思ってしまう自分が顔を出すようになった。
 島崎はいいやつだし。色々と気が合うところも多いし。島崎と話をした記憶が、洪水のように思い出されてくる。……もしかしたら、島崎っていいかも。島崎が私に告白するってことは、私にもっともっと興味があるってことで。もっともっと近い仲になってほしいってことで。それって、嬉しいことじゃない。だから……。
「あああああ」
 ひなたはハンモックの下に置かれた巨大なクッションを締め付けるように抱く。頭をうずめてぐりぐりと押し付ける。今にも湯気が出てきそうだ。
「……助けて」
 もう、正常な判断なんてできない。あおいに、相談しようかな……。
 思って、すぐに首を振る。いやいやいや。こんなこと言ったら絶対キレられる。そんで、ちゃんと返事しないに決まってる。もしくは嫌味を言われる。面白がられる。となると、まずはかえでさん? いや、かえでさんもそういうの疎そうだし。なんかこう、分かってくれるのか、いまいち不安。ここなちゃんは? ここなちゃんは……分かってくれそうだけれど、年下にこんなこと、言えないよなあ……。
 どうすれば……。
「ひなた、ごはんだぞ」
 クッションに顔を擦り付けるひなたに、父がそばで声を掛けた。
「へ! あ!」
 ひなたは思わず飛び上がった。
「具合悪いのか?」
 父が心配そうにひなたを見る。端から見れば、クッションの上でぐったりとしていたのだから。
「ううん、大丈夫、ちょっと寝てた」
「そっか。早くしないと、冷めちゃうぞ」
「う、うん、今行く」
 早く冷めないかなあ、とひなたは思う。


 つ♪ づ♪ く♪

 

 

ひなたショック (2)【ヤマノススメ二次創作】 - あずにゃんの陰毛が大好きです

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