ひなたショック (2)【ヤマノススメ二次創作】

 

ひなたショック (1)【ヤマノススメ二次創作】 - あずにゃんの陰毛が大好きです

前編はこちら。

 

 

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 一昨日からひなたの様子がおかしい。いつ見ても熱があるみたいにぼーっとしている。俯きがちで、疲れたような様子でもある。休み時間もあおいの机にちょっかいを出しに来たりしない。本人は熱なんてない、いつも通り元気だと言う。けれど、いきなり話し掛けると、たいてい一発目は無視するし、たまに素っ頓狂な声を出す。どう考えても、ひなたの様子がおかしい。
 何がひなたをそうさせているのか。何度か尋ねたけれど、そんなことないの一点張りで埒が明かない。そろそろ放っておくのも限界かな、とあおいは思う。
「ひなた、おはよう」
 あおいはひなたが教室に入ってきたのを確認するなり、彼女のもとへ駆けつけ、顔を覗き込むようにして挨拶をした。
「あっ! おはよう!」
 とろんとした表情は少し遅れて驚きに変わり、たがの外れたようなボリュームで返事をする。
 うーん、やっぱりおかしい。ひなたはきっと、なにかに悩んでいる。
「ひなた、最近なんかおかしくない?」
 あおいはまず、単刀直入に問いかける。
「えっ! そんなことないよ、普通だよ」
 昨日と同じ、一昨日と同じような反応だ。
「ひなた、何か隠してるでしょ」
「隠してないよ?」
「いーや、隠してる」
「隠してない!」
 いつもならここで水掛け論になって、取っ組み合いのケンカが始まるところだけれど。
「…………」
 あおいは言葉を返さず、ひなたの顔をじっと覗き込む。
「ちょっと……あおい」
 ひなたは視線をさかんに泳がせ、なかなか合わせてくれない。眉毛もハの字だ。いつもは調子のいいひなたが、こんなに弱った顔をするだなんて。何か悩みがあるのだろうと推測しつつも、ちょっと楽しいかも、なんてあおいは思ってしまう。
「……誰にも言わない?」
 数秒目を合わせたのち、ひなたは絞り出すように言った。
 あおいはひなたを見据えたまま、無言で頷く。そうかそうか、ついに話してくれる気になったか。
「絶対怒らない?」
「……え、怒る?」
 ひなたが不思議なことを言ったので、あおいは訊き返した。
「怒らないって、なんかしたの?」
 ああさては! という言葉が喉まで出かかるのをぐっと抑える。
「いや、なにもしてないけど……」
「じゃあ、怒る理由なくない?」
「そうだけど、そうだけど……」
 一体なんなのだろう。いまいち意味が汲み取れないし、普段のひなたとは別物のように煮え切らない。なかなか言い出さないので、あおいはちょっとむすっとした顔をする。
「あおい……」
 そんなあおいの顔を見て、ひなたはまた弱った調子になる。
「なあに?」
「あんまり意地悪しないで」
「ひ、ひなた……?」
 あまりに意外な一言にびっくりするあおい。思った以上に、事態は切実なのかも。
「ごめん、ひなた」
「ううん。大丈夫」
 今度は逆に、あおいが弱った調子になる。いつもなら踏み込んだら踏み込んだだけ跳ね返してくるので、どうにもさじ加減が難しいと感じる。
「放課後、話すよ」
 ひなたはそう言う間だけあおいに目を合わせて、机に伏せてしまった。
 あおいは彼女を少しの間見遣って、静かに席に戻って行った。


 帰り道にあるいつものお寺。
 顔を突き合わせて数十秒の沈黙ののち、ひなたはぼそっと言った。
「……告られたんだ」
「え゛!?」
 あおいは思わず立ち上がってしまう。そういう方向も少しは考えたけれど、まさか本命だとは思っていなかった。
「ちょっとひなた、どういうことー!?」
 相談に乗ろうとしていることも忘れて、脊髄反射的に口走るあおい。
「だから怒らないでって言ったのに!」
 怒らないでと言ったのは、このためだったのだ。
「あ……ご……ごめん……」
 あおいは取り繕って、白象の立つ石段に座り直した。しかしそれでも、心中はまったく穏やかではない。一体誰にされたのか。ひなたは相手のことをどう思っているのか。OKを出したのか、断ったのか。も、もしかしたらもう付き合っている……!?
「それで、困ってるんだ」
 両手を虫みたいにわらわらとさせるあおいに、ひなたは湿っぽい調子で言う。
「困ってるの? なにで?」
「分かんないんだ」
「分かんない?」
「どうしたらいいのか、分かんないんだ」
「断るか、OKするかってこと?」
 言うと、ひなたは首を縦に振った。ひなたの奴、意外なところで優柔不断なんだなとあおいは思う。
「そんなの、自分の思うようにすればいいじゃん」
 ちょっと刺々しい言い方になってしまう。
「……ひなた?」
 反撃を食らうかと思いきや、全く返してこない。
「分かんないの」
「?」
「私がなにを思ってるのか、分かんないの」
「ふ、深い……」
「最初はまだ冷静に考えられたんだけど。考えれば考えるほど、私が分かんなくなっちゃって」
 しょうもないよね、なんてひなたは自嘲してみせる。
「今まで、こういうことってなかったの?」
「こういうことって?」
「ほ、ほら、告白される、って」
「なかったよ」
 今までテント泊などでそういう話題になっても、お互い何もないの一点張りで過ごしてきた。あおいはひなたがもしかしたら隠し事をしているのではないかと少し疑っていた。けれど、実際にはこの通り。そう聞くと、残念なような、安心したような気持ちになった。
「そなんだ。そうでもないかと思ってた」
「その時は言うって。ほら、今こうしてさ」
「確かに。……相手の人って、誰?」
 あおいが訊くと、ひなたの動きが少し止まった。
「島崎」
「島崎くん?」
「うん……」
 あ、耳が赤くなっている。
「確かに、仲良かったもんね」
 少しだけ上から目線で、あおいは島崎のことを評する。
「三日前、放課後に。昇降口で」
 直接、言われたのだそうだ。島崎くん、普段はさわやかというか、あんまりそういうのに興味なさそうな感じなんだけれど、行くときは行くんだなあ、とあおいは少し感心する。ということは、告白は告白でも、ネガティブな方向性ではない、ということか。そう思うと、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
 いや、いまだ全然穏やかなんかじゃないけれど。
「前から好きだったの?」
「えっと、それは……」
「島崎くんじゃなくてひなたが」
「いや、友達だなーって思ってた」
 つまり、告白されてから急に意識が芽生えた、ということ。あおいは少し胸に引っ掛かった。そんな状況でOKしてしまうと、後悔するのではないかと。でも、恋愛なんてそういうものなのかもしれない、と昔読んだ漫画を思い出す。どちらにせよ、経験がないのでちゃんとしたことは言えない。
「それから、誰にも相談してないの?」
「うん。言ったのは、あおいだけ」
 あおいだけ、という言葉に少しどきっとする。今までの間ずっと、ひとりでぐるぐると考えていたということか。それでは、ちゃんとした判断もできないだろうな。
「じゃあ、一昨日からぼーっとしてたのって、やっぱり」
「やっぱりヘンだった?」
「そりゃあ、ヘンだったよ」
「そっか……」
 ひなたは小さくため息をついた。
「……恥ずかしい」
「どして?」
「こんなになるって、思ってなかったから……」
「こんなになるって?」
 あおいが訊くと、ひなたはまた言葉に詰まる。
「こ、告られて、頭がいっぱいになるなんて……って」
「ふうん……へえ……」
 あおいは邪悪な笑みを浮かべた。ひなたの弱点。可愛らしい弱点だなあ、どう料理してやろうか、なんてところまで一瞬で考えが及び、表情に出てしまう。
「ひなたでもそういうこと思うんだ」
 普段のお返しだとばかりに、意地悪を言ってしまう。
「ちょっと」
 怒りそうなのか泣きそうなのか分からないトーンで、ひなたが短く返した。
「ごめん」
「ふん」
「ごめん……」
 それから、二人の間に長い沈黙が訪れる。
 ひなたの弱いところを見つけた悦びは、ひなたの悩みを聞くこととは別物だ。あんまりひなたを不安がらせてはいけないのに。
 とは言え、あおい自身にも似たような経験はなく、どう解決したらいいものか悩んでいた。
 ひなたは思っているよりもずっと繊細だった。何に対しても物おじしないようでいて、見えない壁にぶつかるとたちまち、それまでの勢いが嘘のように縮こまってしまう。背はあおいよりも高いはずだけれど、今はなんだか小さい子のよう。ひなたの意外な一面を見つけたことによる悦びはいつしか、愛おしさに似た感情に変わりつつあった。
 あおいは石段から降りて、探偵みたいに額に手を当て、周囲をうろうろし始めた。
 ひなたは告白されたという事で頭がいっぱいいっぱいになってしまった。そして、波が引いた今でもそれを引きずっている。
 でもきっと、心の奥底では答えは決まっているのだと思う。正常な判断ができないと思い込みが、妨げているような気がする。
 ひなたは、背中を押してほしいと思っている。決めること自体を極力考えないようにしているせいで、内に秘めた答えを取り出せないでいる。ならば、それを助けてあげればいい。
「島崎くんのこと、好きなの?」
 あおいが優しく話し掛けると、ひなたの肩はぴくりと震えた。
 目を合わせると、ひなたは首をゆっくりとかしげる。
「好きか嫌いかで言うと?」
 ひなたの答えを、誘導していく。
「嫌いじゃ……ないよ」
 あえて好きと言うことを避ける。意識していることは間違いなかった。では、それがどれほどの好きなのか。分水嶺となるであろう質問を、あおいは考えついた。それはちょっと勇気のいる内容だったけれど、言うならこれしかない、と思い、覚悟を決めた。
 すぅ、と息を吸って。
「私よりも?」
「……え?」
 ひなたは気の抜けた声を上げた。
「私よりも好き?」
 冷静に考えなくとも、とても恥ずかしいことを言っていた。もう少し大人になれば、なんて未熟な問いかけなのだと呆れられるかもしれない。けれど、これがあおいなりの、イエスかノーかの分岐点だった。
 ひなたは少し考えこんでいた。と言うより、あおいがそんなことを言ったので、呆気に取られていた。あまりにも時間が経つので、だんだんあおいは顔が赤くなってきた。
「ぷっ」
 そんなあおいを見て、ひなたは思わず吹き出してしまった。
「くくくっ……」
「ちょっと何よ! 私まじめに言ってるのに!」
 ひとしきり笑った後、ひなたはさらりと言った。
「あおいほどじゃないなあ」
 胸のあたりが、首のあたりがきゅうと締め付けられるような感覚になった。
「……そっか。じゃあ、やめなよ」
 さっきまでのひなたみたいに、弱々しい返しをするのが精一杯。
「うん、分かった。そうする」
 そんなあおいをからかうように、あおいの背中をべちべちと叩きながら、ひなたは取り戻した調子で言った。
 だいたいひなたが相談していたはずなのに、最後の最後でこんなことになるなんて!


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 ちょっと今はそこまで考えられない、と言うと、島崎はすぐに引き下がってくれた。
 申し訳ないとは思う。思うくらいには、いいな、と思っていたということなのだろう。もしかしたらこれから、事態が動くことがあったりするかもしれないけれど、今のところは、友達の状態がいい。と言っても、ちゃんと話せるか、自信はないけれど……。
 悩めば悩むほどどつぼにはまって行って、頼ることもできなくなって。でもそんな時に、あおいはちゃんと自分のことを見てくれた。ちょっと意地の悪いところもあるけれど、彼女なりに、心を砕いてくれた、それがひなたは純粋に嬉しかった。
「あおい〜、あの時なんであんなこと言ったの? ねえねえ」
「そうでもしないと、いつまでも決まらないと思ったからよ! ……にしてもひなた、あの時はすっごく面白かったわよ〜、ひなたがあんなにしおらしい顔になるなんて……」
「ちょっとおー!!」
「何よ! 先に言ってきたのはそっちじゃない!」
「ちょっと待って。学校でやるのはまずいよ」
「そうね。なら、放課後ってことでいい?」
「望むところよ!」

 

 

  お♪ わ♪ り♪